構造的心疾患(SHD)カテーテル治療の多施設レジストリーグループ『OCEAN-SHD研究会』
Optimized CathEter vAlvular iNtervention Structual Heart Disease

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COAPT試験 現地調査

2018年11月9日  著者:片岡明久  活動記録


サンディエゴ国際会議場にて開催されたTCT2018に参加し、9月24日に発表されたCOAPT試験のLate-Breaking Trialsセッションに参加してきたので簡単であるが紹介したい。

COAPT試験とは

COAPT試験とは、心機能の低下したことよっておこる二次性MR(=機能性MR、以下FMR)を合併した外科手術ハイリスクの慢性心不全患者を対象に、本邦でも4月から開始になった「MitraClipを用いた経皮的僧帽弁接合不全修復術(以下MitraClipと表記)ガイドラインで推奨される最大量の薬物治療(GDMT)群」と「GDMT単独群(対象群)」を米国とカナダの89施設においてランダム化比較試験(RCT)を行いMitraClipの安全性と有効性を調べる目的の試験である。

FMRとは

FMRは日常診療において、MRが心不全の状態によりダイナミックに変化するため診断や重症度評価が難しく、また最適な治療方針を見極めることも難しい疾患である。ガイドライン【1】ではGDMTや心室再同期療法(CRT)などの内科的治療が基本であるが、FMRが抑えられない場合には外科手術がClassⅡbで推奨されている。

しかし、FMRは合併症を持つ高齢者が多いため、多くの内科医は外科手術という治療選択をためらう疾患でもある。そのような中MitraClipが登場し、効果が期待されていた。しかし、器質性のMR(DMR)と違いFMRに対する確たるエビデンスはなく、米国ではFMRに対するMitraClipの適応はアメリカ食品医薬品局(FDA)の承認を得ていない。

また、約一ヶ月前の欧州心臓病学会(ESC)で発表されたFMRに対するMitraClipの有効性を検討したRCTであるMITRA-FR試験【2】では、MitraClipの有効性は薬物治療群と比較して優位性を認めなかった。したがって、今回のCOAPT試験の結果は米国・カナダはもちろん、本邦を含めた全世界中の医師の注目を集めていた。

結果発表

続々と参加者がメインアリーナに集い、満席の上立ち見の聴講者が溢れていた。期待感にあふれた雰囲気の中、Co-PIであるコロンビア大学のStone先生から結果が発表された(写真1)。

両群ともベースラインに大きな差はなく、12ヶ月の間の薬物療法の変化は無視できる程度であったが、MitraClip+GDMT群がGDMT単独群より、主要評価項目である24ヶ月以内の心不全再入院を有意に抑制されるという結果(67.9%/人 vs 35.8%/人年、HR 0.53[95% CI : 0.40-0.70]、p<0.001、NNT 3.1)が発表され、会場から大拍手が起こった。

続いてMitraClipは24ヶ月の全死亡率も有意に抑制するという結果(29.1% vs 46.1%、HR 0.62 [95% CI : 0.40-0.70]、p<0.001、NNT 5.9)が発表された瞬間、会場からどよめきの声と2度目の拍手喝采が巻き起こった。

その後、24ヶ月における全死亡または心不全再入院抑制においてもMitraClipは優位性があることや、性別、心機能低下の病因、CRT歴、NYHAクラス、STSスコア、MR重症度、LVEFなどのサブグループ解析でもMitraClip+GDMT群が、24ヶ月における全死亡または心不全再入院において有意な結果であったことが発表された。

また、NYHAクラス、MR重症度は30日、6ヶ月、12ヶ月、24ヶ月後のいずれの時期もMitraClip+GDMT群が有意に良好な結果であり、12ヶ月後におけるKCCQや6MWDなどのQOL評価項目はGDMT単独群では下がったのに対して、MitraClip+GDMT群は改善が見られた。

この結果は、同時にNEJM誌にオンライン掲載された【3】。また、発表終了時に、Dr.StoneとCo-PIのDr.Mackが歓喜の涙目でhugしていたのも印象的であった。

COAPT結果の考察と我々の使命

この日をもって、米国では心不全+FMR治療の新たな時代に突入したといっても過言ではなく、FDAはFMRにおけるMitraClipの承認を認める方向になるだろう、という推測が会場で多く拝聴された。

また、ニューヨーク証券取引所(NYSE)におけるMitraClipの製造・販売元であるAbbott社の株価が、発表の翌日の月曜日には前週の終値と比較して+2.4 USDの高値が付いたことも、いかにこの試験が社会に対してインパクトがあったということを物語っていた。

この結果は約一か月前にESCで発表された似た研究デザインのMITRA-FR【2】と全く異なった結果であったため、我々日本を含む世界中の医師にとって衝撃的な結果であった。筆者も日本の実臨床の経験から、MitraClipはFMRを抑えることにより心不全再発の入院を抑制できると感じていたが、死亡率の抑制、すなわち生命予後は改善しないのでは?と勘ぐっていた。

したがって、24ヶ月の全死亡に対するNNT 5.9という数値はTAVIにおけるランドマークRCTであるPARTNER試験のNNT 5.0にほぼ匹敵する値であり、筆者を含め多くの医師にとってまさに青天霹靂な結果であった。

Dr.Stoneは発表中にCOAPTとMITRA-FRの違いとして、① 登録に際してCOAPTの方がMRの重症度が高く(EROA 0.41㎠ vs 0.31㎠)、② 左室リモデリンクの進行が少ない患者が対象とされた(EDV 101mL/㎡ vs 135mL/㎡)。

また、③ COAPTは最大用量の薬物療法が厳密に管理されていたが、MITRA-FRでは実地医療に基づく薬物療法の調整が可能であったこと、④ COAPTの方が追跡期間が長い、⑤ COAPTの方がMitraClipによる手術合併症が少なくかつ急性期の成功率が高く、その後のフォロー中のMR減少効果がMITRA-FRより高い、すなわちCOAPTの方が欧州より経験値が高いハートチームでMitraClipの手術が行われた。などの理由が考えられるとして、発表の最後にまとめていた。

心エコー医である筆者の視点からは、COAPTの24ヶ月におけるMitraClip群のMR 3°以上の再発の割合はたった0.9%であり、EVEREST II試験【4】における12ヶ月の再発率(15%)や、米国の胸部心臓血管外科トライアルネットワーク(CTSN)【5】における虚血性FMRに対するリングを用いた僧帽弁形成術24ヶ月後のMR 3°以上の再発率の14%より著しく低いことは特筆すべき点と考える。

これはハートチームの修練度がMitraClip導入時期より格段に上がったことや、術野である経食道心エコー画像の基となる心エコー装置の性能が向上したことが考えられる。この結果はMitraClipのMRの制御率は外科手術に劣るという、今までの固定概念がもはやFMRには通用しないことを意味しており、MitraClipの持続的なFMRの制御が心不全の増悪や死亡を抑制した原因ではないかと考えた。

またDiscussionセッションの際に、コロンビア大学のDr.LeonはこのCOAPTの結果をもってMitraClipのガイドラインでの適応はClass 1に格上げになるのでは?と、弁膜症の大家でありAHA/ACC弁膜症ガイドラインの作成委員であるノースウエスタン大学のDr.Bonowに意気揚々に質問した。

Dr.Bonowは、「もちろんガイドラインに一石を投じる結果であり、すぐさまガイドラインに作成委員会を再招集して情報整理を行うつもりだ。しかし我々はもう一つのRCTであるRESHAPE HFの結果をたなければならない。」と冷静に回答した。

このようにハイリスク手術患者における心不全+FMRのMitraClip治療選択の議論は、終わりのない議論である。しかし、我々にとって大事なことは本邦の医療環境において最善の医療を患者さんに還元することである。

COAPTが実施された米国と日本との医療環境差異は様々あるが、例として米国では心不全専門医よって心不全患者がGDMTで管理されているが、日本では心不全専門医という制度がなく(多くの若手医師が奮闘しているのを補足しておく)、FMRを伴った心不全患者において日本人の体格を考慮した最大量の薬物治療が全国で統一のレベル行われているかは、甚だ疑問である。

また、COAPTのMR 3-4°の登録条件となったEROA 0.3㎠は、昨年修正された米国のガイドライン【6】に基づく値であるが、本邦の多くの施設では改定される前の米国のガイドライン、または現行のESCのガイドラインに基づいたEROA 0.2㎠をMR 4°の指標に使っている。

日米の違い少し挙げたが、議論することは山ほどある。我々OCEAN研究会はMitraClipに関連したOCEAN-Mitra分科会を既に立ち上げ、MitraClipの技術向上に施設の壁を越えて取り組み、臨床データを日々蓄積している。近い将来、我々はエビデンスを発信し、それに基づいた日本の患者さんに最適な治療を行っていきたいと考えている。

20181109_ocean_photo1① COAPT試験発表の際のメインアリーナの様子
会場であるメインアリーナはCOAPTの発表時には満員になり、立ち見の方も多くいた。

20181109_ocean_photo2② 発表日の夜に開催されたAbbott Dinner (COAPT Cerebration)での一枚
COAPT試験のPIや多くの関係者が集まって、FMR治療のマイルストーンとなった結果を祝う盛大な会になった。写真は、左からAsklepios St. Georg Hospitalの北村先生、筆者、Cedars-Sinai Medical CenterのDr.Makar、そして倉敷中央病院の久保先生。

参考文献

1. Nishimura RA, Otto CM, Bonow RO, et al. 2014 AHA/ACC guideline for the management of patients with valvular heart disease: a report of the American College of Cardiology/American Heart Association Task Force on Practice Guidelines.
J Am Coll Cardiol 2014;63:e57–185.

2. Obadia JF, Messika-Zeitoun D, Leurent G, et al. Percutaneous Repair or Medical Treatment for Secondary Mitral Regurgitation. N Engl J Med. 2018 Aug 27. [Epub ahead of print]

3. Stone GW, Lindenfeld J, Abraham WT, et al. Transcatheter Mitral-Valve Repair in Patients with Heart Failure. N Engl J Med. 2018 Sep 23. [Epub ahead of print]

4. Feldman T, Foster E, Glower DD, et al. Percutaneous repair or surgery for mitral regurgitation. N Engl J Med. 2011;364:1395-406.

5. Goldstein D, Moskowitz AJ, Gelijns AC, et al. Two-Year Outcomes of Surgical Treatment of Severe Ischemic Mitral Regurgitation. N Engl J Med. 2016;374:344-53.

6. Nishimura RA, Otto CM, Bonow RO, et al. 2017 AHA/ACC Focused Update of the 2014 AHA/ACC Guideline for the Management of Patients With Valvular Heart Disease: A Report of the American College of Cardiology/American Heart Association Task Force on Clinical Practice Guidelines. J Am Coll Cardiol. 2017;70:252-289.